美しいと感じる時、人はただ感じているのか。それとも、感じるべき理由を受け取っているのか。誰が作ったか、どれだけ評価されているかを知った瞬間、人は美しさそのものではなく、美しいと判断すべき根拠を受け取ってしまう。
その問いは、いまも消えていない。美は、ものそのものに宿らない。美の判断は、それを眺める、心の中に生まれる。
kant.artでは、参加者は月に3枚を投稿し、3枚に投票し、結果を見る。写真は名を伏せて並び、誰が撮ったのかは結果発表まで誰にもわかりません。向けられるのは、利害なきまなざしだけです。
あなたの主観と、あなたが選んだ共感と、多くの人が選んだ客観。毎月3つの視点が、あなたの審美眼として積み重なっていきます。
自分が選んで投稿した3枚。「自分はこれを見せたかった」という主観。毎月3枚まで、タイトルのみ。名前は非公開。
自分が票を投じた3枚。誰の作品かを知らずに、心に残った3枚を選ぶ。「自分の心はここに止まった」という共感。
参加したフォトグラファーが票を投じた写真。「他者の目にはこれが届いた」という客観。作者名もここで初めてわかる。
あなたの審美眼を、記録しましょう。